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社会を古典哲学から考えるという授業。
日本人は本当に勤勉なのかという話題になった。

古代の日本人は、万葉集にあるように自由恋愛を楽しんだ遊び人で、食べ物も、海の幸山の幸と不自由なく手に入る豊かな土地なため、勤勉ではないらしい。ヨーロッパのほうがむしろ貧しい土地なので、一生懸命に食料獲得にいそしんでいた、というのだ。
平安時代には貴族の間に仏教が入った、が一般民衆にまではまだ広まらない。
源氏物語などをみると、ここでも自由恋愛を伺える。なにせ多妻制だからだ。

中世、室町時代には民衆にも仏教は広まり、「運命」ということを考えるようになった。運命は決まっている、だから運試ししようじゃないか、ということで賭け事が急速に広まっていった。茶は元は賭け事だったらしい。囲碁、将棋も流行り当然張ったという。ここに日本人のギャンブル好きの下地があり、パチンコ産業は今や30兆円という世界一の産業となった、という。
江戸時代に儒教が入った。
中国の儒教は「敬」の儒教
朝鮮は「孝」
日本は「誠」の儒教。この「誠」は武士に都合がいいので取り込まれた。藩主に「誠」を尽くすということのようだ。
そして「誠」は商人に伝わり、仕事に誠実に、という心の土台になった。
さらに町人に伝わり、父母、そして大地に誠実に尽くすこと、という規範が生まれた。

時は流れ、明治維新廃藩置県が行われ、サラリーマンが生まれた。サラリーマンは会社に「誠」を尽くすようになった。


という流れから考えると、日本人の下地としては決して勤勉ではないことがいえる。勤勉なのはここ最近なのだという。